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東京地方裁判所 平成5年(ワ)17526号 判決

原告

甲野一郎

医療法人社団○○会

右代表者理事長

小林常雄

右原告ら訴訟代理人弁護士

山本孝

被告

株式会社文藝春秋

右代表者代表取締役

田中健五

右訴訟代理人弁護士

古賀正義

喜田村洋一

林陽子

小野晶子

吉川精一

山川洋一郎

中川明

鈴木五十三

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  原告ら

1  被告は、原告らに対し、別紙一記載の謝罪広告を朝日新聞、毎日新聞、読売新聞及び日本経済新聞の各新聞紙全国版に掲載せよ。

2  被告は、原告らに対し、各一〇〇〇万円及びこれに対する平成五年一〇月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  被告

主文と同旨

第二  事案の概要

一  本件は、被告の発行する週刊誌「週刊文春」(以下「週刊文春」という。)に掲載された別紙二記載の記事(以下「本件記事」という。)により名誉を毀損されたと主張する原告らが被告に対し、不法行為に基づき謝罪広告の掲載と損害賠償を請求した事案である。

二  争いのない事実

1  当事者

(一) 原告甲野一郎(以下「原告甲野」という。)は、鳥取県出身の医師であり、原告医療法人社団○○会(以下「原告法人」という。)の理事長及び原告法人が開設している××京北病院(以下「本件病院」という。)の院長を務める者である。

(二) 被告は、週刊文春等の出版物を編集出版する株式会社である。

2  本件記事の掲載等

被告は、平成五年九月九日、週刊文春同月一六日号を発行し、同誌一八一ページから一八五ページまでにおいて、原告らを名指して「「あなたはガンだ」を連発!」、「統一教会系病院」、「命を弄ぶ霊感商法」と題する本件記事を掲載して、そのころ、本件記事を不特定多数の者に閲読させた。

なお、本件記事の末尾には、本件記事が続編を予定するものであることが記載されていた。

3  原告らの公共性

原告らは、癌の診療・治療等の医療に携わる者であり、高度の倫理と専門性が要求され、社会的公共的役割を果たすべきことを期待されている存在である。

三  原告らの主張

1  本件記事は、各見出しとあいまって、原告らが、いわゆる霊感商法などの社会的問題を引き起こしたとされる宗教団体・世界基督教統一神霊協会(以下「統一教会」という。)と表裏一体の組織であり、癌の検査・治療等の医療に際し、患者に対して「死にたくないのならどれだけ金を出せるか」などと脅して、不当に高額の治療を行い、あるいは癌でない人に対して癌であると宣告し、不必要な診療をするなど、いわゆる霊感商法まがいの行為を行っているかのような印象を読者に抱かせるものである。

2  しかし、本件記事は、いずれも事実に基づかない虚構のものである。すなわち、原告らは、統一教会とは人的物的にも何らのつながりはなく、医療についても何らの関係もない。また、原告らは、患者に対し、死にたくないのならどれだけ金を出せるかなどといって脅したこともない。原告らは、患者に対し、正当な医療を施し、正当な医療収入を得ているにすぎない。

被告は、本件記事の掲載により、原告らの社会的評価を低下させ、その名誉を著しく毀損した。よって、被告は、原告らに対し、不法行為責任を負う。

3  本件記事を掲載してから、これを見たことを理由に原告らの診療を受けるのをキャンセルしてきた患者も多く、本件病院の入院予約、通院予約ともに半減し、今後も更に減少することが予想される。また、本件記事の掲載により原告らが被った精神的苦痛に対する慰謝料は、金銭に換算すれば、原告甲野につき三億円、原告法人につき三億円が相当である。

4  よって、原告らは、被告に対し、別紙一記載の謝罪広告と右慰謝料のうち各一〇〇〇万円の支払を求める。

四  被告の主張

1  本件記事が、原告らの社会的評価を低下させ、その名誉を毀損するものであるとの主張は、争う。

2  真実性ないし相当性の抗弁

仮に本件記事中に原告らの社会的評価を低下させる部分があるとしても、本件記事は、公共の利害に関するものであり、被告が本件記事を掲載したのは専ら公益を図るためである。

そして、本件記事の内容は、真実であり、仮に真実でないとしても、被告には、真実と信じることにつき相当の理由があり、過失はなかった。

したがって、本件記事の週刊文春への掲載には、違法性あるいは故意・過失がなく、不法行為責任は生じない。

五  争点

1  本件記事は、原告らの名誉を毀損するものか否か。

2  本件記事は、公共の利害に関する事実に係り、専ら公益を図る目的の下に掲載されたか否か。

3  被告が本件記事において摘示した事実は、真実であるかどうか、仮に真実であることの立証がないとしても、真実であると信じたことにつき相当の理由があるといえるか否か。

4  原告らが本件記事により被った損害額

第三  争点に対する判断

一  争点1について

1  前記争いのない事実と証拠〈省略〉によれば、次の事実が認められる。

(一) 本件記事は、被告が合計四回にわたり、原告らに焦点を当てて週刊文春誌上で特集した記事の一部であり、これに続く第二回目の記事は、平成五年九月二三日号において、「命を弄ぶ霊感商法」、「統一教会系病院」、「ガン検診の疑惑」と題して掲載され、第三回目の記事は、同月三〇日号において、「命を弄ぶ霊感商法3」、「統一教会系病院長の狂言的言動」と題して掲載され、第四回目の記事は、同年一〇月七日号において、「命を弄ぶ霊感商法4」、「久米宏は統一教会系病院の広告塔か」と題して掲載された。

(二) 本件記事を含む週刊文春誌上における一連の特集記事は、原告らに焦点を当てたもので、その主たるテーマは、原告らがいわゆる霊感商法などの社会的問題を引き起こしたとされる宗教団体である「統一教会」系の病院であること、原告らの癌検診の方法、診療内容などが、患者の癌に対する不安に付け込み、不当に高額な金銭を取得する霊感商法類似のものであることを指摘することにあるということができる。

なお、本件記事によれば、「統一教会信者が行っている霊感商法」とは、「人が生きていれば直面する何らかの不安に付け込んで、その原因が先祖の因縁にあると脅かし、壺や多宝塔、一和の高麗人参濃縮液などを不当に高額で販売してきた悪徳商法」をいうとされ、また、警察当局の定義によれば、「霊感商法」とは、「人の死後あるいは将来のことについてあることないことを申し向けてその人に不安をあおりたて、その不安につけ込み、普通の人だったら買わないようなものを不当に高価な値段で売りつける商法」をいうとされる(〈省略〉)。

2  右認定によれば、本件記事を含む週刊文春の一連の特集記事は、原告甲野が院長を務める本件病院が、統一教会と関係のある病院であって、癌であることの確実な根拠もないのに、患者に対し、癌であると誤信させるなどして、不当に高額な金銭を取得する霊感商法類似の医療をしている病院であるとの印象を一般の読者に与えるものと認められるから、本件記事は、原告甲野に対する社会的評価を低下させるとともに、本件病院を経営する原告法人に対する社会的評価をも低下させるものと一応いうことができる。

しかしながら、名誉毀損による不法行為にあっては、公然事実を摘示して人又は法人の名誉又は信用を毀損したことにより直ちに不法行為が成立するものではなく、当該行為が公共の利害に関する事実に係り、専ら公益を図る目的に出た場合において、摘示された事実がその主要な点において真実であることが証明されたときは、その行為の違法性が阻却され、また、右事実が真実であることが証明されなくとも、その行為者において、その事実が真実であると信じ、しかもそのように信ずるについて相当の理由があったときは、右行為について故意又は過失を欠くものとして、不法行為は成立しないものと解される。

そして、右の各要件は、争点2及び3において挙示するところであるから、以下争点2及び3について順次検討する。

二  争点2について

1  事実の公共性

前記争いのない事実と〈証拠略〉によれば、原告甲野は医師であり、原告法人は本件病院を経営する医療法人であること、被告は、本件記事において、原告らが、霊感商法等の社会的問題を引き起こしたとされる統一教会と深いつながりがあり、かつ、癌の検診・治療に伴い、不治の病とされる癌に対する患者や家族の恐怖や不安に付け込んで、多額の金銭を取得したという事実を報道したことが認められる。

ところで、医師は、医療及び保健指導を掌ることによって公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もって国民の健康な生活を確保するもの(医師法一条)であり、その責務は、医療を受ける者に対し、良質かつ適切な医療を行うよう努めなければならないものとされている(医療法一条の四第一項)から、医師及び医療法人の医療及びこれに関連した活動は、公共の利害に関するものであるということができる。

したがって、医師である原告甲野及び医療法人である原告法人のした癌の検診、治療に関する行為について被告が本件記事で摘示した事実は、公共の利害に関する事実に当たるものというべきである。

2  公共目的

証拠(〈省略〉)によれば、本件記事は、原告らが、宗教団体である統一教会とつながりを持ち、いわゆる霊感商法に類似した行為を医療の名の下に行っていることを報じ、その問題点を指摘して、批判的な執筆を行ったものであり、社会に対してこの事実を告発する目的であったことが認められるから、本件記事の掲載は、専ら公益を図る目的に出たものというべきである。

三  争点3について

証拠(〈省略〉)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  基礎となる事実

(一) 当事者等

(原告ら)

(1) 原告甲野について

原告甲野は、昭和四九年鳥取大学医学部を卒業した後、国立がんセンターに内地留学をし、同大学医学部病理学教室助手を経て、京都大学と東京大学の大学院で主に生化学を研究し、昭和五四年東京大学から医学博士号を授与された医師であり、原告法人の理事長及び本件病院の院長を務めている。

原告甲野は、昭和五〇年ソウルで行われた統一教会の合同結婚式に信者として参加し、乙川夏子(以下「夏子」という。)と婚姻した。

原告甲野は、昭和五四年から昭和六二年まで一心病院の副院長をしていた。一心病院(所在地・東京都豊島区北大塚一丁目一八番七号)は、昭和五一年に統一教会の教祖である文鮮明(以下「文教祖」という。)の提唱により、医療法人社団日心会(主たる事務所の所在地・右同所)が設立した病院である。

原告甲野は、平成五年九月当時、通称として「天林」という氏を使用していた。この通称は、文教祖が原告甲野に対し「大林」と「天林」という二つの通称を提示し、その中から原告甲野が選択して使用していたものである。

平成五年九月日本テレビにおいて放映された番組「ザ・ワイド」(以下「ザ・ワイド」という。)において、統一教会系病院の関係者で組織されたサルビア会の元信者である女性は、インタビューに答えて、原告甲野が文教祖に献金していること、文教祖に気に入られてアメリカにもよく招かれているという話を平成四年に聞いたこと、したがって、原告甲野は、現在でも統一教会の信者である旨を述べた。

(2) 原告法人について

原告法人は、昭和二六年一月六日設立された医療法人であるところ、その代表者である理事長は原告甲野であり、その資産の総額は、平成四年三月三一日当時〇円(債務超過四億〇九七四万五五九四円)であった。

(3) 本件病院について

原告甲野は、昭和五七年ころ、××クリニックを設立したが、その後、××クリニックは、H(以下「H医師」という。)が院長を務めていた△△・クリニックと合併し、××京北病院(本件病院)となり、平成四年九月原告甲野がその院長に就任した。

平成五年九月当時本件病院の副院長であったH医師は、昭和五七年ソウルで行われた統一教会の合同結婚式に参加したことがあった。

統一教会が著した教理解説書である「原理講論」(〈省略〉)は、人間の成長期間を「蘇生期」、「長成期」、「完成期」という用語を用いて説明している。

原告甲野は、平成四年一一月に刊行した「親が子供を「ガン」にする」という本の中において、本件病院のガン治療法である「リフレッシュ療法」の内容の一つとして、右療法前に「蘇生ホリージュース」を、昼食前に「長成ホリージュース」を、療法後に「完成ホリージュース」をそれぞれ飲むことを説明している。

また、××クリニックも、平成三年一月以降に作成した「リフレッシュ療法」に関するパンフレット中において、右療法の内容の一つとして「蘇生ホリージュース」、「長成ホリージュース」及び「完成ホリージュース」をそれぞれ飲むことを説明している。

さらに、本件病院の患者たちで組織される「蘇りの会」では、統一教会の信者の間で歌われる「ぶちぬけ火の玉」という歌が歌詞を一部変えて歌われている。

(4) アジア・メディカル・センターについて

アジア・メディカル・センター(以下「本件センター」という。)は、原告甲野が昭和五四年ころ設立した研究所であり、原告甲野は、平成四年一一月当時本件センターの所長を務めていたが、現在は顧問に就任している。

平成五年九月当時、本件センターには四人の職員がいたが、そのうち三人は統一教会の信者であり、原告甲野は、本件センターに対し、毎月人件費、家賃等として二四〇万円ないし三〇〇万円を提供していた。

本件センターは、「オーシャン・チャーチ」という見出しの下に文教祖が海洋開発を通じて人類の食糧危機を救うための計画を立てている旨の特集記事を組んだ雑誌「新天地」昭和六二年八月号(〈省略〉)に研究員募集広告を掲載した。

(被告ら)

(1) 被告は、週刊文春等の週刊誌、雑誌、書籍等出版物を編集出版する株式会社である。

(2) 有田芳生(以下「有田」という。)は、昭和五二年三月立命館大学を卒業した後、出版社勤務を経て、昭和六一年からフリーの記者となった。

有田は、昭和六二年五月「朝日ジャーナル」誌上において統一教会に関する記事を執筆して以来、統一教会に関する問題を継続して取材・執筆している。

有田は、本件記事の執筆前にも、週刊文春平成三年九月一九日号に「統一教会国会秘書軍団は何を狙っているのか」という見出しの記事を執筆したのを始めとして同誌上に統一教会に関する記事を執筆している。

有田は、週刊文春のほか、朝日ジャーナル、月刊タイムズ、月刊文藝春秋等の雑誌にも統一教会に関する記事を執筆している。

有田の統一教会に関する著書には、「霊感商法の見分け方」、「原理運動と若者たち」、「統一教会とはなにか」、「脱会」等がある。

(3) 石井謙一郎(以下「石井記者」という。)は、昭和五八年早稲田大学第一文学部を卒業した後、同年四月から平成四年一月まで株式会社青春出版社に勤務し、同年四月から週刊文春編集部記者となった。

石井記者は、本件記事を執筆するに当たり、川崎教子牧師の著書「統一教会の素顔」、浅見定雄の著書「統一教会原理運動その見極め方と対策」その他有田の著書等統一教会に関する著作を読んだ。

(二) 原告らの医療について

(1) 医療の概要

本件病院は、「腫瘍マーカー総合診断法を中軸とするホリスティック・ヘルス検診」や「全身免疫温熱化学療法」、「リフレッシュ療法」などの名称の医療を行っている。

原告らの医療の内容は、「自然治癒力を重視するホリスティック医療集団検診」と題するビデオ(以下「本件ビデオ」という。)で紹介されており、その中において、腫瘍マーカー総合診断法は、早期の癌検診を可能にし、仮に、検診の結果、癌発病の可能性があっても、本件病院のリフレッシュ療法を受けたり、本件病院の開発した総合漢方調剤「サンアドバンス」を服用することで、次回の腫瘍マーカー総合診断法による検診では、その結果が改善され、既に癌が発病している人であっても全身温熱療法・部分温熱療法・血漿交換療法により、「ガンが発病した人たちもどんどんよくなり、治療成績が上がっています」と説明されている。

なお、本件病院における医療は、平成五年二月、NHK教育テレビにおいて三週にわたり放送された「人間はなぜ治るか」の第二回「心がガンを治した」で「東京巣鴨のK病院」の医療として紹介された。右番組は、癌を克服した患者が自分の闘病体験を語り、また、H医師が本件病院の医療について説明するという内容であった。

(2) 腫瘍マーカー総合診断法の概要

本件病院が採用している腫瘍マーカー総合診断法は、患者から約一〇シーシーの血液を採取して、その中から、癌の目印として、癌から直接血中に排出される老廃物などの「ガン特異性腫瘍マーカー」、癌を包む間質組織の増殖に関連するとみられる「ガン関連腫瘍マーカー」及び癌特有の腫瘍血管の増殖に関連するとみられる「ガン増殖関連腫瘍マーカー」の合計三種類、最低一〇個の腫瘍マーカーと、検査値の異常が癌に由来するものであるか否かを振り分ける等の補助検査項目を合わせ、約三〇の検査値を組み合わせることによって癌発病の危険度を解析するものである。

原告らは、右診断法により、癌の増殖の微妙な変化を正確にとらえ得ることができ、健常者の中から早期に癌を発見し、臨床癌の発病危険度を知り、かつ癌の大きさを知ることが可能になるとしている。

そして、右腫瘍マーカー総合診断法に自律神経の働き具合から癌化傾向を見る良導絡検査や免疫測定を併用することで、受診者が癌かどうかを高確率で当てることができるとする。

以上が「腫瘍マーカー総合診断法を中軸とするホリスティック・ヘルス検診」(以下、単に「腫瘍マーカー総合診断法」という。)である。

原告甲野は、平成六年四月、本件センター所属の医師の肩書の下に「早期癌のスクリーニングと危険度判定に対する腫瘍マーカー予知診断の研究」と題する論文をアメリカ・癌協会の癌専門誌「キャンサー」に発表し、その中において、多くの研究者が腫瘍マーカーは癌の早期発見には有用でないと報告してきたことを述べた上で、腫瘍マーカー診断法に基づく診断結果に基づき、右診断法が有用であると報告した。

(3) 腫瘍マーカー総合診断法による判定

ア 腫瘍マーカー総合診断法は、受診者の検査結果に基づき、癌の危険度をその低いものから高いものへ白、緑、黄、ピンク、赤の五色、五段階に分けて判定する。そして、本件病院においては、受診者に対し、右判定に従った色の紙を渡して、癌の危険度を告知する。

原告甲野は、その著者である「親が子供を「ガン」にする」において、右の五色の紙のうち、白紙は理想的な健康状態であることを、緑紙はほぼ健康であることを、黄紙はやや不健康であることを、ピンク紙は癌発病が迫っている前癌段階であることを、赤紙は目で確かめる検査でも見つかる臨床癌段階であり、癌発病が近いとみられることをそれぞれ示すと説明している。

また、原告甲野は、右の赤紙及びピンク紙について次のような説明もしている。すなわち、原告甲野は、「ガン予防はこれしかない」と題する国際ガン予防友の会のパンフレット(〈省略〉)において、「検査することによってピンクに分類された、あるいは立派なガンとして赤に分類された場合」と記述して、右の赤は、癌であると断定するような説明をし、また、パンフレットの「腫瘍マーカーと良導絡検査によるガン診断法」の見出しのあるページでは、掲載の図上に「G1以上、赤紙(強陽性)」と記述するとともに、本文中に「しかし、これがG1、G2と進行ガンに成長すると(径二〜四センチ)、医学的な治療はむずかしく」と記述して、G1(赤紙)は癌であって既に治療が困難になっている状態であるような説明をしている。

さらに、原告甲野が監修し、国産ガン予防友の会が発行した「ストップ・ザ・ガン」通巻五九号(〈省略〉)は、その中の「ガンは治る予防できる」と題する欄において「ピンク(ガン発病が迫っている)赤(ガン発病と見られる)」と説明している。

なお、腫瘍マーカー総合診断法を受診した患者に渡される「赤紙」には、「このたび腫瘍マーカー検診の結果「臨床ガンの可能性が強い」と判定されました。臓器を推定するためいっそう精密な腫瘍マーカー検査をおすすめします。その上でレントゲン、内視鏡、CTなど形態学的検査を受けられた方が効率的と考えます。なお、形態学的に見つからない場合でも、臨床ガンの可能性は否定できませんので、××クリニックの全身改善治療を受けられるようお勧めします。」と記載されるとともに、赤紙の説明として「陽性。臨床ガン状態」と書かれている。

イ 本件ビデオによれば、これまでに約一万人がホリスティックヘルス検診を受けたことがあるところ、右受診者約一万人のうち前記の五段階の癌の危険度の判定の分布は、「白」は数人のみ、「緑」は五パーセント程度、「黄」は約六五パーセント、「ピンク」は約二五パーセント、「赤」は五パーセントとなっている。

ところが、昭和六二年に原告らが八丈島において腫瘍マーカー総合診断法による集団検診を行った際の右五段階の判定の分布は、受診者一〇七人中、「白」が〇人、「緑」が一人、「黄」が六〇人、「ピンク」が三八人、「赤」が八人であり、割合にすると、緑0.9パーセント、黄五六パーセント、ピンク35.5パーセント、赤7.5パーセントであり、右約一万人の検診結果に比して、ピンク、赤の割合が高く、これを合計すると四三パーセントであった。しかしながら、八丈島の右受診者の中で平成五年九月までに癌で死亡した者は一人のみであり、しかも、右の死亡者は腫瘍マーカー総合診断法による検査を受ける前から既に癌にり患していた。

(4) 腫瘍マーカー総合診断法による検診結果の通知

検診の結果が記された五色の紙は、受診者に対し書留郵便で送付される。

ザ・ワイドにおいて、原告甲野から腫瘍マーカー総合診断法による検査を受けた北原昌子は、インタビューに対し、「天林先生から、あなたは肝臓の検査だけしか受けなかったけれども、もうガンのほうは…なんていうのかしら…できてると。」と答えた。同じく伊藤康隆は、「いとも簡単にガンですよと、こういうわけですね。他で調べていただいたほうがいいなと思いまして、で、他の病院へ行って調べてもらったら、ぜんぜんガンじゃないですよということですね。」とインタビューに答えた。このような元患者の発信に対し、同番組に出演していた原告甲野は、事実を否定するなどの反論をしなかった。

なお、原告甲野が監修し、国際ガン予防友の会が発行した「ストップ・ザ・ガン」通巻三六号(〈省略〉)において、医療ジャーナリストの河村祐希は、本件病院の腫瘍マーカー総合診断法による検査の結果が送られてきた当時のことを、「なんと(現れたのは、「ピンク」でございました。このときのショック。もう人生はこれでおしまい。目の前が白くかすんでしまったよう…しかも、ものものしいことが書いてある。「半年ないし二年以内に臨床ガンに進行する危険性が高い。三カ月後に再検査を受けるように」―すると、三カ月後に臨床ガンになるかもしれない―そうは書いてないんですが、勝手にそう思ってしまうんです。」と述懐している。

(5) 腫瘍マーカー総合診断法の実績

ア NCIの委託によるIMSのレポート

NCI(アメリカ国立ガン研究所)の委託によるIMSのレポート(以下「NCIレポート」という。)は、NCIの下請調査機関であるIMSがNCIに対し、腫瘍マーカー総合診断法によるスクリーニングが早期癌の発見において有意義であるかどうかを追試した調査結果を報告したものである。

NCIレポートは、「甲野医師の方法が、ロジスティック判別分析よりも、癌を判別する感度がより高かったが、ロジスティック判別分析の方が、一貫して、甲野医師が提唱している総合判定法に比べてより優れた無病正診率を示したように思われる。」と調査結果を述べ、これを敷衍して「ロジスティック判別分析は、大腸癌vs良性大腸疾患と大腸癌vs健常の比較の両方において、甲野医師の総合判定法と比較して、(危険率五%以内で有意差なし)有病正診率が低下していることが示されている。その反対に、ロジスティック判別分析は、同じ二つの対照比較において、無病正診率を上昇させていることを示している。そのうえに、大腸癌vs良性大腸疾患の比較において、76.7%の無病正診率は、甲野医師の総合判定法で示された三〇%の無病正診率と比較して、(危険率五%以内で)有意に高い。」と記述して、腫瘍マーカー総合診断法は、ロジスティック判別分析に比べ、有病正診率は高いが、これは統計学的には無意味であること、反対に、無病正診率はロジスティック判別分析の方が高く、特に大腸癌vs良性大腸疾患については、統計学的にも意味のある差が存する旨述べている。

そして、NCIレポートは、結論として「一般的な集団における早期癌のスクリーニングは、重要であるけれども、難しい問題を残している。一般的に言って、先の研究から、二または三個のマーカーから得られる情報は、通常すべてのマーカーから得られる情報と、ほぼ同等のものである。同一の患者に対しては、単に、二または三個の、その人に特異的なマーカーを測定する方が、経済的な効率からいって価値があると思われる。」と述べている。

イ 京都大学名誉教授菅原努は、第一三回近畿AMHTS懇話会における招請講演「がんは、どこまで予防できるか」において、腫瘍マーカー総合診断法を「いろいろ問題はあるのですが、けれども考え方としては大変おもしろいと私は思っておりまして、天林先生を大いに叱咤激励をしております。もっともっと多くデータを集めて、解析をいろんな方面からやるようにすすめているわけです。」と、原告甲野の方法を一応支持している旨述べた。

(三) ザ・ワイドにおける本件病院の元患者に対するインタビュー

(1) ザ・ワイドにおいて、本件病院の元患者は、日本テレビのインタビューに対し、原告甲野について次のように語った。

ア 「天林氏にガンの宣告を受けた夫婦の妻」は、「あの先生が、何かオーストラリアの皇帝とか出てきて、僕にガン撲滅運動をせよとか、なんかそういうことをときどきおっしゃるんで、私、なにか変なことを言う先生だなと思って、ちょっと疑ったこと。それからもう一つには、保証人になってくれとか、いやにおカネに目をつけるんで、これはちょっと変わったお医者さんだなと思って、あるとき、うちの主人に向かって「八〇歳まで生きたんだから、もういいじゃありませんか。あとは街頭に立ってガン撲滅運動を一生懸命しなさいよ。旗振りなさいよ。そして死んだらば、遺産をガン予防友の会に寄付しなさいよ。そうすれば救われる」というようなことを話されました。これが医者の言う言葉かと思ったことは、私は忘れません。」と述べた。

イ 末期ガンで本件病院に入院後死亡した男性の妻(本件記事に登場するH・Mと同一人と認められる。)は、「妻の協力が足りないっていうふうに…。「奥さん、頭をまるめて旗を振って、ガン予防のビラを配れますか」っていうふうに言われたんですね。」と述べた。

(2) 以上のような元患者の発言に対し、ザ・ワイドに出演していた原告甲野は、元患者らの供述にあるような発言はしていない等の反論を何らしなかった。

2  本件記事の取材の端緒及び取材経過

(一) 取材の端緒

(1) 週刊文春編集部は、平成三年ころから統一教会問題に注目し、タレントの山崎浩子が参加した平成四年の統一教会の合同結婚式をきっかけに、松井清人デスク(以下「松井デスク」という。)を中心として、石井記者、松葉仁記者(以下「松葉記者」という。)の三人が統一教会問題を扱うことに主眼をおいた取材のチームを組んで取材に当たり、その取材や読者からの手紙などから、原告らの癌治療に問題があるという情報を得た。

そうした中で、NHKは、平成五年二月四日から三回のシリーズで「人間はなぜ治るのか」という番組を放映し、同月一一日放送の第二回目の「心が癌を治した」という特集において、本件病院を「東京のK病院」として紹介した。

この番組を見た約一〇名の読者から週刊文春編集部に対し、「あの病院は悪質である」との連絡があった。そのため、松井デスクの下に、有田が参加して、原告らについて取材し、週刊文春平成五年二月二五日号誌上において、「NHKが隠した病院名」という題の記事を掲載した。右記事の掲載後、読者から週刊文春編集部に様々な反響・情報が寄せられた。

(2) そこで、平成五年七月に入って、週刊文春編集部の木俣正剛デスクの下に石井記者と松葉記者で構成される取材班(以下「本件取材班」という。)が結成され、これに有田が加わって本件記事の執筆に向けて原告らに関する取材を開始した。

(二) 取材経過

有田および本件取材班は、本件記事を含む原告らに関する一連の記事を執筆するに当たり、次のとおり、癌についての専門家、本件病院の元患者、統一教会の幹部、元信者、元一心病院関係者などから取材をした。

(1) 平成五年七月四日、石井記者は、週刊文春平成五年二月二五日号の「「心が癌を治した」でNHKが隠した病院名」と題する記事を見て同年三月ころ同誌編集部に電話をしてきた神奈川県に住むS・H及びその娘S・Yの自宅を訪問し、約二時間の取材をした。

S・H及びS・Yは、石井記者に対し、原告甲野に接するのが死ぬより辛かったこと、本件病院に転院するかどうかを原告甲野に相談した時、金さえ出せば診てあげるという趣旨の話をされたこと、S・Hが友人を原告甲野に紹介したところ、原告甲野がその友人に対し、三〇〇〇万円から五〇〇〇万円の融資を依頼したことなどを話した。

(2) 同月六日、有田と石井記者は、有田に手紙を寄こした北陸地方に住むH・Mの自宅に訪問し、約三時間の取材をした。H・Mの夫は、本件病院で治療を受けたが、癌で死亡した。H・Mは、有田らに対し、夫の診療代の領収書などを見せた。

(3) 同月七日、有田と石井記者は、北陸地方に住む元一心病院関係者から約五時間にわたって原告甲野と統一教会との関係について取材をした。

(4) 同月一四日、石井記者は、長野県に住むK・Sの自宅を訪問し、約三時間にわたり取材をした。

K・Sは、石井記者に対し、娘が本件病院で癌で死亡したが、原告甲野の診療行為は正しいと信じ、集団検診の手伝いをしていること、本件病院の集団検診を受けた患者のもとにホリスティック美術クラブから美術品のダイレクトメールが送られたり、集団検診の会場において絵画の販売がされていたため、原告らに対し、これを中止するように申し入れたことなどを話した。

(5) 同月一五日、有田と石井記者は、統一教会の元信者のカウンセリングをしている牧師の紹介により、神戸に住む一心病院の元看護婦から約二時間にわたり取材をした。

右の元看護婦は、有田らに対し、一心病院の医師や看護婦の大部分が統一教会の会員であり、原告甲野が一心病院の副院長であったこと、本件病院には、統一教会の関係者が多いことなどを話した。

(6) 同月一六日、有田と石井記者は、有田に手紙を寄こした大阪に住む本件病院の元患者であるM・Tから約三時間にわたって取材をした。

M・Tは、有田らに対し、統一教会の会員から癌が治る病院があるとして本件病院を紹介された経緯などについて話した。

(7) 同じころ、有田と松葉記者は、一心病院の関係者及びその家族で構成される「サルビア会」に属していた新潟に住む統一教会の元信者を訪ねて、約二時間にわたって取材をした。

右の元信者は、夏子が代表取締役を務める株式会社ホリスティック・メディカル・クラブが入っていたビルに統一教会の関係団体が寝泊まりしていたことなどを話した。

(8) 同年八月二二日、石井記者と松葉記者は、元一心病院の看護婦Bを都内の大学病院看護寮に訪ね、約一時間にわたって一心病院の職員のうち統一教会信者がどのくらいの割合を占めるかなどについて取材をした。

(9) 同年九月一一日、石井記者と松葉記者は、被告の事務所内においてT・Kから約三時間にわたり取材をした。T・Kは、その夫が本件病院の元患者であり、本件記事が掲載された直後、週刊文春編集部に電話をしてきた者である。

T・Kは、資産家であるが、原告甲野から融資や寄付、共同経営などの話を持ちかけられたと話した。

(10) 同月一一日、石井記者は、週刊文春編集部に連絡してきたY・Kから相模原市内の喫茶店で約二時間にわたり取材をした。

Y・Kは、その母親が本件病院の治療を受け、「国際ガン予防友の会」や「蘇りの会」に無理矢理入会を勧められたことなどを話した。

(11) 同月一四日、石井記者は、本件記事を見て週刊文春編集部に連絡してきた元患者のI・Tから都内の喫茶店で約三時間にわたり取材をした。

I・Tは、その友達が原告甲野から「涙のしずく一滴二滴、ご寄付願えませんか」と言われたこと、涙のしずく一滴とは一〇〇万円をいうこと、七年間本件病院に通って治療費として約一〇〇〇万円ほど支払ったことなどを話した。

(12) 同月一五日、石井記者は、埼玉県内で会社を経営しているM・T及びその会社の従業員であるY・Tから約二時間にわたり取材をした。

M・TとY・Tは、ともに本件病院の元患者であり、本件病院において家系図を書かされたことなどを話した。

(13) 同月一七日、石井記者は、O・Sから約三〇分にわたり電話取材をした。

O・Sは、乳腺炎を乳ガンと診断されたこと、検査結果を聞かされた時、「はい、これ。ガンですよ。」と言って赤紙を渡され、その直後に「夫婦仲が悪いからガンになるんだ。その証拠に、あなたは生き生きしていないじゃないか。」と言われたことなどを話した。

(14) 同月二三日、石井記者は、週刊文春編集部に死亡した母親が本件病院に入院していたことを手紙に書いて知らせてきたH・Tから神奈川県内の自宅で約一時間半ないし二時間にわたって取材をした。

H・Tは、看護婦が「死後の世界」という本を持ってきたこと、母親が亡くなった後に治療費を請求されたが、納得できなかったのでまだ支払っていないことなどを話した。

(15) 癌の専門家に対する取材

ア 北海道大学名誉教授小林博に対する取材

有田は、札幌市内にあるガンセンターにおいて、北海道大学名誉教授の小林博(以下「小林教授」という。)から約二時間にわたり取材をした。

有田は、小林教授が「がんの予防」などの著者であり、癌治療などについて一般人に対しても分かりやすく説明することができ、しかも権威のある人であったことから取材の対象とした。有田は、取材に先立ち、原告甲野に関する資料を小林教授にファクシミリで送り、その上で原告甲野の腫瘍マーカー総合診断法についての評価を聞いた。

小林教授は、原告甲野の癌検診については批判的立場をとっており、その説明方法が医学的ではないことを指摘するとともに、原告甲野が以前、「オンコロジア」というガン専門誌に論文を掲載しようとしたが、三回書き直しても水準に達していなかったので、結局掲載されなかったというエピソードを話した。

イ 国立がんセンター病院内科薬物療法部長大倉久直に対する取材

有田は、国立がんセンター病院内科薬物療法部長の大倉久直(以下「大倉」という。)からも、事前にファクシミリで資料を送った上で取材をした。

ウ その他にも、本件取材班は、本件病院の腫瘍マーカー総合診断法について、京都パスツール研究所理事長の岸田綱太郎、腫瘍マーカー研究会に所属する医師等から取材をした。

(三) 前記1(二)(3)イの八丈島の集団検診の結果等については、松葉記者が取材をした。

(四) 原告甲野に対する取材

(1) 平成五年九月三日、石井記者は、原告甲野に対して取材をするため本件病院に電話をしたが、電話に出た男性は、原告甲野は電話中であると答えた。そのため、石井記者は、五分ないし一〇分ほどしてから再び本件病院に電話をしたが、同じ男性が電話に出て、「週刊文春の取材には応じないそうです。」と言って、原告甲野への電話の取次ぎを拒否された。

(2) 同月五日夜八時ころ、石井記者と松葉記者は、原告甲野を取材するため豊島区にある原告甲野の自宅を訪れたが、原告甲野は留守であった。

(3) 同月六日午後四時ころ、石井記者と松葉記者は、原告甲野を取材するため本件病院を訪れ、名刺を受付に渡し、取材の意図を告げたが、右(1)の電話に出た男性から原告甲野は診療中であると言われ、原告甲野に会うことができなかった。

そのため、石井記者と松葉記者は、本件病院の近くにある「国際ガン予防友の会」へ立ち寄り、塩原という女性に対し取材の申込みをしたが、取材を拒否された。

(四) 同月一〇日、石井記者は、右の塩原と電話連絡をとったが、塩原は、この件に関しては弁護士に連絡してほしいと言った。そこで、同日、石井記者は、原告代理人に取材の申込書を送った。これに対し、原告代理人からの回答はなかった。

(五) 夏子に対する取材

本件記事の掲載前である平成五年九月初めころ、石井記者は、夏子に対しても取材を申し込んだ。これに対して、夏子からは弁護士を通じてファクシミリによる回答があった。右回答には、昭和六一年二月二八日、夏子は、統一教会の桜井節夫局長から、原告甲野が癌でない人を癌と判定しているので統一教会に迷惑がかかるから、夫婦そろって統一教会を出てほしいと言われれたこと、昭和六三年一〇月二六日、同局長から、原告甲野の癌検診は社会的な問題となって統一教会に迷惑がかかるから、今後原告甲野と夏子を信者として扱わないと言われたことなどが記載されていた。

(六) 石井記者と松葉記者は、以上のような取材結果をデータ原稿にまとめ、有田は、これに自らの取材結果を加えて、本件記事を含む原告らに関する一連の特集記事を執筆した。

有田は、平成五年九月六日夜本件記事を執筆した。

3  以上の認定事実に基づき、本件記事の主要な部分が真実であるか、又は真実でないとしても被告が真実と信じるにつき相当な理由があるか否かについて検討する。

(一) 前記争いのない事実及び右認定事実によれば、本件記事は、本件病院の元患者の体験談や原告甲野の診療行為、言動、経歴等を具体的に紹介することにより、結論として、①原告らがいわゆる霊感商法などの社会的問題を引き起こしたとされる「統一教会」系の病院であること、②原告らの癌検診の方法、診療内容などが、癌に対する患者の不安に付け込み不当に高額な金銭を取得する霊感商法類似のものであることを指摘し、もって原告らの診療活動に対し国民一般の注意を喚起することを意図するものであると認められる。

そこで、本件記事の真実性ないし相当性が認められるか否かを右の①及び②の二点について判断する。

(二) 本件病院が統一教会系病院であると指摘した点について

(1)  前記争いのない事実及び右認定事実によれば、原告甲野は、信者として統一教会の合同結婚式に参加したことがあり、文教祖から通称として二つの氏を提示され、そのうちの「天林」を選択し、平成五年九月当時も右通称を名乗っていたこと、原告甲野は、本件病院の院長に就任する前は、文教祖の提唱により設立された一心病院の副院長であったこと、本件病院の患者の組織である蘇りの会では、統一教会で歌われる歌が歌われていたこと、本件病院では、統一教会の教理解説書である原理講論において使用されている「蘇生」、「長成」及び「完成」という用語がホリー(神聖な)という単語とともに本件病院の癌治療法である「リフレッシュ療法」の中で飲用するジュースの名称に使用されていたこと、原告甲野が設立し現在はその顧問をしている本件センターは、統一教会から原告甲野に対する第一回目の退会勧告のあった昭和六一年二月二八日以後に文教祖を褒め称える特集を組んだ雑誌「新天地」に広告を出したこと、平成五年九月当時、本件センターには四人の職員がいたが、そのうち三人は統一教会の信者であったことが認められる。

(2)  右認定説示したところによれば、原告甲野及び本件病院は、文教祖及び統一教会との間に人的物的に密接なつながりがあるものと推認することができる。

そして、本件記事を執筆した有田らは、以上にような原告甲野及び本件病院と文教祖及び統一教会との関係について、統一教会の幹部、一心病院関係者、サルビア会の元信者など、多数の取材源から取材し、その裏付けを取っていることが認められる。

右のような原告甲野及び本件病院と文教祖及び統一教会との間に密接なつながりのあることが取材の結果により裏付けられた以上、有田らが、本件病院と統一教会との間に密接な関係があると判断したことは合理性があるということができ、しかも、「統一教会系病院」という用語中の「系」とは、一般に、つながりを持つものを意味するから、本件記事において有田らが本件病院を「統一教会系病院」と表現したことは、真実又は真実といえないまでも真実と信じるにつき相当な理由があったものと解される。

(3) これに対し、原告らは、本件病院は設立の趣旨、資金、人事、経営等すべての面において統一教会の「系列病院」ではないから、本件病院は「統一教会系病院」ではない、原告甲野は、昭和六三年一〇月二八日統一教会から信者として扱わない旨の通知を受け、これにより統一教会を退会したので信者ではないと主張する。

しかし、前示したように、「系」という用語は、必ずしも人事、資金等を通じての指揮命令関係の存在を表す用語としてのみ使用されているものではなく、一定のつながりや関係があるという場合にも使用されるものであるから、本件記事において用いられた「統一教会系」という用語が原告らの主張する統一教会の「系列」にあることを意味していると解する必要はなく、原告らの右主張は、採用することができない。

また、原告甲野が統一教会を退会したとの点については、これに沿う原告甲野の供述に一貫性が見られないし、これを裏付けるに足りる客観的証拠もないので、右供述は、信用することができない。

してみると、被告が本件記事において本件病院を「統一教会系病院」と指摘したことは、原告らに対する不法行為に当たらない。

(三) 本件病院の医療活動を「霊感商法」と指摘した点について

(1) 前記争いのない事実及び右認定事実によれば、多くの研究者が腫瘍マーカーは癌の早期発見に有用ではないと報告していること(このことは、原告甲野も自認している。)、したがって、本件病院において行われている腫瘍マーカー総合診断法に対しては、医学界において異論が多いこと、NCIレポートにおいて、腫瘍マーカー総合診断法は、ロジスティック判別分析に比し、癌の有病正診率は高いが、これは統計学的に無意味であり、反対に、癌の無病正診率はロジスティック判別分析の方が高く、例えば、大腸癌対良性大腸疾患における腫瘍マーカー総合診断方の無病正診率は、ロジスティック判別分析の無病正診率76.7パーセントに比して、三〇パーセントと大幅に低いと報告されていること、したがって、腫瘍マーカー総合診断法によれば、良性大腸疾患であるにもかかわらず大腸癌であると誤って判断される場合が少なからずあること、本件病院において腫瘍マーカー総合診断法を受けた結果、癌であると言われたり、赤紙を渡されたりした患者であっても、その後他の病院の検査では癌でないことが判明した者が少なからずおり、また、本件病院の患者の中には、腫瘍マーカー総合診断法を受けた後赤紙を受け取る際、十分な説明を受けることなく、単に癌である旨告知された者が少なからずいること、前記の八丈島における集団検診では、受診者一〇七人中、赤八人、ピンク三八人であったが、検査後八年経過しても癌で死亡した者は一人しかおらず、しかも、その一人は検査当時から癌にり患していたこと、赤紙には、「臨床ガンの可能性が強い」との記載とともに「陽性。臨床ガン状態」の記載があるところ、原告甲野は、その著書等において、赤紙の意義を「立派なガンとして赤に分類された場合」、「赤(目で確かめる検査でも見つかる可能性がある臨床ガン段階。ガン発病が近いとみられる)」などと説明していること、しかも、赤紙には、本件病院で治療を受けることを勧める記載があり、また、本件ビデオには、本件病院における治療を受ければ、次の検査で多くの人の検査結果が改善されたことが実例を挙げて説明されており、さらに、原告甲野の著書や国際ガン予防友の会のパンフレットにも、本件病院における治療が癌の治療に有効であることが書かれていることが認められる。

(2)  右認定によれば、腫瘍マーカー総合診断法は、癌の有病正診率は高いが、無病正診率は著しく低いものであるから、これによれば、その検診結果は、受診者を癌であると積極的に判定する傾向になり、したがって、他の医療機関では癌であると診断されない患者であっても、癌であると判定したり、癌発病の危険性がないにもかかわらず、赤紙と判定する結果につながるものと認められるところ、赤紙には、本件病院での治療を勧める記載があり、また、本件ビデオ、原告甲野の著書、国際ガン予防友の会のパンフレット等は、本件病院における治療が癌の治療に有効であると記載しているというのであるから、一般に癌を不治又は難治の病気であると認識する現在の状況の下では、本件病院において腫瘍マーカー総合診断法を受けて原告甲野から癌であると告知されたり、赤紙やピンク紙を受け取った患者が、心身に極めて大きなショックを受け(その一例として前記の医療ジャーナリストの河村祐希のコメントを挙げることができる。)、その結果、わらをもつかむ思いで本件病院の治療を受けようと希望することも容易に推認することができる。

そして、前記認定のとおり、本件病院の腫瘍マーカー総合診断法による検査の結果、癌であると判定されたり、赤紙を渡された患者でも実際には癌でない者や癌発病の危険性がない者が少なからずいるが、これらの者は、癌でもないのに癌の判定や告知を受けて心身に極めて大きなショックを受けるとともに、自己の健康に重大な不安を抱くのみならず、原告甲野らの勧めに従って本件病院の治療を受けたとすると、本来は不要である治療を身体に施された上、その治療費を本件病院に対して支払わなければならず、しかも、本件病院の治療は、その大部分が健康保険の対象とならないから、患者は、治療費の大部分を自己負担しなければならず、他の医療機関における癌治療に比して相対的に高額の治療費を負担することになるものと認められる。

ところで、医療は、生命の尊重と個人の尊厳の保護を旨とし、医療の担い手と医療を受ける者との信頼関係に基づき、及び医療を受ける者の心身の状況に応じて行われるとともに、その内容は、単に治療のみならず、疾病の予防のための措置及びリハビリテーションを含む良質かつ適切なものでなければならず(医療法一条の二第一項)、医師は、右の医療の理念に基づき、医療を受ける者に対し、良質かつ適切な医療を行うよう努めなければならないものである(同法一条の四第一項)。

しかるに、前記認定判示によれば、原告らは、医療の名の下に、医学界においても異論があり、また、癌でもないのに癌の判定をする結果につながりがちな腫瘍マーカー総合診断法に基づき、本件病院の患者に対し、癌又は癌発病の危険性があると告知し、そのことにより患者の不安をあおりたて、その不安に付け込んで本来不要で、かつ高額な費用負担を要する治療を行っていたということができる。

(3)  以上によれば、被告が、原告らの行う医療について本件記事において摘示した事実は、真実であるか、仮にそうでなくとも被告において真実であると信じるにつき相当の理由があったものというべきである。

そして、前示したとおり、人の生命、身体、財産に対する医療の理念が崇高であり、したがって、医療における医師の責務が重要であること、反面、医療に必然的に伴う専門性技術性のため、医療を受ける立場にある一般国民は医療の相当性を的確に判断することが困難であることにかんがみれば、報道機関等のマスメディアが、医師及び医療機関の行う医療の在り方に対し、強い関心を持って取材をし、その結果、問題のあると認められる医師及び医療機関につき、世間に警鐘を鳴らすため、その問題点を指摘した記事を公表することも社会的に期待された役割であるということができる。したがって、被告が本件記事において原告らの医療活動を指して「命を弄ぶ霊感商法」と摘示したことは、いささか辛辣な表現であるといえないわけではないが、なお、前示の原告甲野らのした医療活動の内容及び報道機関等のマスメディアに期待された社会的役割に照らせば、社会的に許容範囲内にある表現であるとして、不法行為に当たらないものと解するのが相当である。

(4) これに対し、原告らは、M・T(馬込富子)をはじめとする元患者らは、本件記事に記載されているような発言はしていない等と主張する。しかし、ザ・ワイドにおける元患者らは、広範囲で放送されるテレビにあえて出演して、本件記事を含む一連の特集記事に記載されているような趣旨の発言をしていること、同じくザ・ワイドに出演していた原告甲野が元患者らのこれらの発言に対し、その発言の内容を否定するなどの反論を何らしていないことなどにかんがみると、原告らの右主張は採用することができず、他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。

(四)  なお、前記認定のとおり、被告は、本件記事作成のための取材を同年七月から行っていたところ、原告甲野が取材に応じるのであれば、これも踏まえて記事をまとめるつもりであったが、原告甲野がそのような態度を示さなかったため、本件記事の掲載に踏み切ったものであるから、本件記事に原告甲野の反論が掲載されなかったことはやむを得ないものと認められる。

(五)  右認定説示によれば、本件記事を掲載したことは、原告らの社会的評価を低下させるものではあるが、被告において違法性又は故意・過失を欠くから、不法行為に当たらないというべきである。

四  以上によれば、原告らの本件請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官吉戒修一 裁判官脇 博人 裁判官池田順一)

別紙〈省略〉

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